私の普通

「私にとって、私は普通です。」

とても好きな作品の、好きな言葉だ。

これは主人公が両親に対して放った言葉で、彼女の「普通」によって、彼女は両親を刺して殺してしまう。

恨みとかでは全くなくて、なるほど自然だなと思えるから、いいなと思った(もちろんフィクションとして)。

 

自分が経験したこと、感じたことが普通。それはそうだろうと思う。

周りと感覚がずれていても、仕方がない。自分というフィルタを通してしか世界を見ることはできないのだから。

そういうのを個性というみたいだ。

 

人と話をしていたら、発達障害的な話題になって、私も小さい時はちょっと不注意でおかしかったんだよねぇ、と振り返った。

具体的エピソードを話したら「それはちょっとどころでは無いな」という感想をもらった。ビックリである。

 

小学生の頃、考え事をして歩いていると、何かにぶつかることがあった。鉄のポールみたいのとかそういうのである。

一番派手にぶつけた時の傷跡が、今でも目の下に小さく残っている。

顔に傷ができるのはショックだったので、それ以来歩く時は気をつけるようになった。

 

あと、家で宿題をやっていた時に、ふと鉛筆を耳に刺したことがある。

今ではなんでそんなことを、と思う。鉛筆が飛んで、偶然耳に刺さりました、なんてことがあるだろうか。まぁ、無いだろう。

だから、あまり覚えていないけど、おそらく自分の意思で刺したんだと思う。

反対側に貫通するのではないかというのを試したかったのかなと想像するが、真相はわからない。

それなりに深く、ぐっさりと刺してしまったみたいで、血が出た。

血を見て、「ヤバイ、お母さんに怒られる」的なことを思った。

それで、鉛筆を拭いて、黙って放っておくことにした。

その日の夜、お風呂に入ったら血が出てきてしまって、慌ててタオルで拭いた。

その血が付着したタオルを発見されてしまい、バレた。

結果的にめちゃくちゃ怒られて、病院に連れていかれた。

病院の先生曰く、「もうちょっとで鼓膜が切れるとこだった」らしい。なんて危ないんだ。

「鼓膜が切れる」という表現が気に入ったので、次の日学校で一部始終を友人に話したのを覚えてるけど、きっとドン引きだったんだろうな。

 

今は大人だし、大人になるにつれて色々と学習したので、上に書いたようなことはもうしない。

でもどうやら一般的な人は、小さい頃であっても物にぶつかったりしないみたいだし、そういう危ないことを試したことも無いみたいだ。

私の普通は、一般的ではなかった。

まぁでも、そういうことも、あるよね。